優しくて可愛くてかっこよくて大好きな夫と死別しました

事故か自死か。夫が消えた人生をこれから歩みます。なんて自分が書いてることが信じられない35歳です

支えてくれる人々、改め、フランケンになればよかった

夫がいなくなってから、実家の家族には生きる意味を日々与えてもらってるから、感謝ばかり。でもその他にも感謝してるのが、私の友人たち。

闘病期間中に毎度救われたのが、友人たちそれぞれの優しさと深い理解だった。

いつも私の考えをじっくり聞いてくれて、誰に何を言われようと、みんみんが一番夫くんのことを理解してるんだから、信じるように動いた方がいいよ、って言ってくれた。私と夫が置かれた状況がやば過ぎて、これを伝えたら驚いたり、引かれたりしちゃうかな?って思ったときも、友人たちはずっと静かに私の話を聞いてくれて、私の方がヘラヘラ戯けて自分のちっささが恥ずかしかったくらい。友人たちは、いつだって私たち2人のあり方を肯定してくれた。私たちが日々直面していた色んな刺激的な情報を取り除いて、本質を見つめてくれたのが、私の友人たちだった。不思議なことに、みんなバラバラの場所にいる人々で、お互いは知らない。それが揃いも揃ってこんなにみんな優しく、大正解としか言えないサポートをくれるなんて、立派な友人たちにいろんな場所で出会ってきたんだなあ、と思った。

私は自分の友人に感謝するたびに、夫にもこういう人がいてくれたらいいのにって思った。きっといたんだけど、学生から社会人になる月日の中で、どこかすれ違いが起こってしまって、疎遠になっていたのかもしれない。今考えてみれば、私が家族や友人に助けてもらう姿を見て、夫は余計に自分が孤独に感じたりしていたのかな。

私と夫は2人の別々の人間だから、一緒にいた期間を通じて経験していたことが違ったんだろう。あまりに仲が良くて、同じ体験をできているような錯覚にすら陥ってた気がする。こんなことなら、もう縫合手術ででも1人の人間になっちゃいたかったな。そうしたら、日々の喜怒哀楽をすべて共有できたのにね。