優しくて可愛くてかっこよくて大好きな夫と死別しました

事故か自死か。夫が消えた人生をこれから歩みます。なんて自分が書いてることが信じられない35歳です

ナウシカとテト

びっくりである。

ここ1ヶ月くらいで、夫の大好きなオザケンは週刊誌に載り、また夫が愛したフリッパーズギターの小山田くんもてんやわんやで大変なことになった。正義感みなぎる元来の私はもちろん世論の大多数と同じ心情なわけだが、夫のことを思うと、小山田くんが不憫に思うところもある。それは、このところの記事の内容とかとはまた全く別次元の、何か、表現しがたい、何か。きっと世の中は、本当にいろんな人がいて、法律という一つの軸で統制しなければ大変なことになるのだけど、統制する権利は本来誰にもなくて、でも統制しなければひどいことが起こって。でも、善悪の判断がなかなかつかない人もいる。善悪の判断がつきながら、見てみぬフリした人が、一番悪どいとも思う。一定の倫理観を持っていながら、それをミュートさせて発動させない人が、一番の確信犯だと思う。一定の倫理観を持っている人は、きっと自分がいつか犯罪を犯したり、世間から敵対されることなど想像もしないと思う。私が夫と苦しんでいた時に、重ねているのかな。世の中のいわゆる常識的で、倫理観を持った人に、噂され、批判され、告発された時間。法治とは何だろうと思いつつ、法が精神障害に理解を示していることを知って、法とは侮れないなと同時に思った。最後の砦としての法が、自分たちを理解してくれていることに、感心したんだよね。

その後の私の一人暮らしは、なんとかなっている。良いことばかりではない。色々と複雑に思うこともあった。悲しく思うこともあったし、まあ7割は悲しいことだ。でも、3割くらいは、夫のことを思って心置きなく涙したり、夫が喜んでくれるかなとおしゃれなライフスタイルを実践したり、誰に共有するわけでもなく、夫が好きそうな生活感ない日々を送っている。

引っ越した直後、家の中で色々な不具合が出て、修理屋さんが来た。修理屋さんは、思ったよりとても若かった。相手も顧客が思ったより若いことにハッとしたらしい。修理屋さんは、修理をしながら、自分の年齢やら年収やら貯金やら出身やらマッチングアプリの登録状況やらを教えてくれた。会話が全てマッチングアプリ的で、私の考え方や嗜好などを質問された。「ここ、ひとりで住んでるんですか?家賃いくらですか?結婚したいとか、思わないですか?僕、子供欲しいなって思うんです」と話してくれた。最後に、「これで修理が終わらなかったら、また個人的に来るので」と言っていた。きっと、私がそれに乗ったら、そうなっていたのだろう。

わかったこととしては、市場価値という意味では、まだあるみたいだ。それは前からもわかっていたけど、要するにそういうことなんだ。だからむしろ、安売りをしない方がいいし、安請け合いしない方がいいし、一時のなにかに流されたら後でひとりでものすごく傷つくのは自分だろうなと、実はこのところとても実感した。幸いにして、そのものすごく傷つくところには至っていない。でも、今自分がいわゆる脆弱な身分であるということを、一人暮らしして、改めて実感した。そして、脆弱な者は、よく餌食になる。

夫は、強い私を好いてくれた。夫は性別というものへの偏見が本当になくて、私が生き生きとすることを誠心誠意応援してくれた。私は、「女性だから」という理由で、男の人に利用されるのは、嫌だ。夫だって、そんなことは一番いやだと思う。だから、しっかりしようと思った。

修理屋さんは、実は今回の主たるテーマではない。修理屋さんは、誠実な方で、相手を探してはいたけれど、堅実でとても良い人だった。きっとお付き合いしたら、優しくて可愛い人なのだろうなとも思った。本当の私の主眼は、このところ起こった色々な他のことにある。ここでは書かないけれど、とにかく誇り高く生きようと思った。私の自己イメージはナウシカで、夫はテトなんだ。前を向いて生きよう。斜め上を向いて生きよう。きっとテトも肩からそう言ってくれている。