優しくて可愛くてかっこよくて大好きな夫と死別しました

事故か自死か。夫が消えた人生をこれから歩みます。なんて自分が書いてることが信じられない35歳です

美少年

今日は日中は泣かなかった。クリスマスってだけで気持ちがつらいから、ストッパー発動かもしれない。夫の荷物に目をやって、今日ばかりはどっかにいることにしとこうかなと思った。今日は、このまま涙もなく1日を終えようかな。きっと、今日の私ならそうできるな。

夫が亡くなってから、この1ヶ月だけでも、変化が現れてる。

その場にいても立ってもいられない状況だった直後から、夫以外のことを何も見聞きしたくなくて自分の部屋に籠もっていたかった死後1週間頃、ふわふわした感じのあった2週間以降、その後今日までは、日によって色々。現実感がなくて、夫の写真を見ても感情が湧かない今日みたいな日もあれば、夫が消えたことが自分を震撼させて破滅的なこと以外考えられない日もある。夫がどんなに苦しんだか考えて胃痛が止まらない日もあれば、いつかは切り替えないと始まらんわなと思う日もある。全部、私。でも、やっぱり夫がいないということの意味だけは、まだまだ自分にとってもオブラートに包んである。このオブラートを溶かしてしまうと、自分が持たないと思うから。その意味だけを考えることにしたら、きっと私もあの世に旅立ってしまうと思う。こんだけ考えることが好きな私だから、その意味を深堀していきたい気持ちもあるんだけど、その先には絶望しかない気がして。だからと言って、生きることもまた、延々とした苦しみなんだけどね。夫がいないという事実が覆せない、今後何十年もの苦しみ。だから、八方塞がりだ!そう、今の私は八方塞がり。

あの日、病院の寝台の上で、夫が横たわって、「御臨終です」って言われたのを思い出した。あの時、けっこう覚悟ができてた自分が不思議。あんなドラマみたいに言われるんだね。これまであの場に立ち会ったことって、確かになかったかも。生まれて初めてだな。夫は、綺麗な顔してた。美少年ってかんじ。

夫を発見したとき、心臓マッサージしたらよかったのかな?救急隊がとても遅かったんだよね。私には、わからないけど。そのことは、あまり考えないようにしよう。きっと、そこも地雷で底無しだから。ひたすら、手を持つことしかできなかった。夫の名前を何度も呼んで、あなたは大丈夫、強いから、大丈夫、って、繰り返し大きい声で言ったな。ダメなのかもしれないと思いながら。

そんな場面は、夫と私にとって、大事じゃないんだけどね。もっと大事な場面は2人にとっていくらでもあったから。あんまり、感情が揺れ動く場面ではないのが、不思議。

クリスマスイブはいつも幸せな日だったけど、今年はこんな話題で頭がいっぱいだ。

夫くんが書いてくれた作品でも、読もうかな。今更ながら、いいの書いたなって、思えたらいいな。