優しくて可愛くてかっこよくて大好きな夫と死別しました

事故か自死か。夫が消えた人生をこれから歩みます。なんて自分が書いてることが信じられない35歳です

悲しい2人

交際開始から体調を崩すまで、私から見えていた夫は夫のほんの一面だけど、夫もそれ以外の一面を自分でわかってはいなかったように思う。

 

お互いをありのままで好きで、出会えたことに毎日感謝して生きてきた。

結婚して一緒に住み始めてからも、ちょっとした気遣い、優しさ、配慮、愛情、そんなことに日々初恋のようにキュンキュンしながら生活していたように思う。

惚気話を聞いてくれる人がいれば、いつまででも惚気ていられるほど、大好きだった。

愛してる、じゃなくて、「大好き!」という感じ。1日の終わりに家に帰ると、二人で思いっきりお互いに飛び込んでハグしあって、この世に生まれてきた喜びを分かち合っていた。こんなに理解しあえて、高めあえて、尊敬して止まない人がこの世の中にいるのかと。それは、今の今でも、そう思う。思い出しても、息苦しくなるくらいに優しく美しい人だった。

 

夫の中で、私はどう映っていたのかな。夫は2年前に心が苦しくなってから、私のことを昔と変わったと常に言っていた。それは、夫の症状からくるものも多分にあると思うけど、きっと私は本当に変わってしまったところがあったのだろう。学生時代から、二人三脚でやってきた。夫はその優しく弱気な性格から、困難に直面すると早々に諦めたり、しゃがみ込んでしまうような場面があった。でも、都度私が全力で発破をかけて、パワー全開で引き上げていたように思う。でも、私のそのパワーもまた、夫からたくさんの勇気をもらったからこそ持てたものだった。

 

わたしが何かに挑戦するか迷っているときや、珍しく弱気になったとき、夫はいつだって優しく包み込むように応援してくれた。「みんみん、頑張った方がいいよお」「絶対やった方がいいって」。そう言って、長い腕を私の背中に回して優しく包んでくれた。強制でもない、押し付けでもない、発破でもない。夫はいつも一番優しい形で私が挑戦する勇気を与えてくれた。あんなこと、わたしは夫にしてあげられていない。今ならかけたい言葉がいくらでもいくらでもある。

 

2年前、夫が夢につまづき、奈落の底に落ちたとき、私は自分の人生、キャリア、全て順風満帆だった。いつしか2人は、学生時代の2匹の子犬ではなくなっていた。私の擦れて傲慢な態度は、きっと夫を悲しませたことだろう。どうすればよかったのかは未だにわからないけれど、気づけば二人の境遇に大きな差が開いていたことは事実だと思う。私は自分の夢に向かって歯を食いしばりながら、隣で夢を諦める夫を責めた。夫は、諦めることほど辛いことはないのに、理解されず、挙げ句の果てに非難されて、どれだけ苦しかったことだろう。その苦しみを言語化することが不得手なところも、2人のすれ違いが大きくなった由縁である。

 

もう少し大人な2人だったら。2人とも、大人になることを恐れて、2人だけの道を開拓していきたい性分だった。その思いは、2人でどんどん強めて行ったように思う。決まったレールじゃない、2人だけの人生!結婚して数年は、その関門をどんどん突破しているようで、船がぐんぐん進んでいった。その間に、2人の間に生まれてしまったすれ違い。そして、最大の関門で共に精神的に追い詰められたときに、初めて子犬ではいられなくなった。30代の大人2人として、初めて相手の嫌な姿、挑戦を止めたり諦める姿を見て、失望して、衝突したのだと思う。出会った時、夫は10代だったのに、気づけば30代になっていた。

 

それでも、この2年を乗り越えて、2人で生まれ変われたら一番よかった。

それぞれの夢を持ってしまうからすれ違ってしまうわけで、わたしは夫と起業したりYoutuberにでもなって、一緒に一つの夢に取り組めないかと思っていた。そうすれば、夫とわたしの間で得意な分担を調整できるし、得られるリターンは2人で享受できる。

 

でも、そんなプランも水の泡になってしまった。

あんなに意義を感じていたわたしのキャリアも、もうなんの意味も持たない。

夫がいない中で生きていく意味さえ見えず、ましてや仕事なんて本当にどうでもよくて笑える。この世の中まるごと爆破装置で吹っ飛ばしたいくらい、何も意味なんてない。

 

夫がいつも口癖のように言ってた言葉だ。

「意味なんてない」

それが今わかった。夫がいなければ、この世はわたしに「意味なんてない」。