最後の瞬間
最後の瞬間に夫がどんな気持ちで、何が頭をよぎっていたかなんて、誰もわからない。
夫だって、その時はそれが真実だっただろうけど、おそらく30分待てたら、「なんであんなことを思ったんだろう」って思ったんじゃないか。
だから、きっとこうだった、と突き詰めて考えても、何にもなりはしない。
でもね、夫が最後に経験した激烈な感情と、死に向かうエネルギーは、あまりに私が経験したことのないもので、どれほど苦しかっただろうか、悲しかっただろうか、つらかっただろうかと、想像できないなりに想像を続けてしまう。
夫が死ぬ前に見た景色を、わたしだけが同じ場所から見た。
いくじなしで泣きべそかきやすい夫が、あんなに恐ろしいことに自分を投じるほどの体験。
大切な人にそんな思いをさせてしまったことが悔やまれて悔やまれて、悔やんでもどうしようもなくて。
夫が亡くなった姿を本当に見たのは、私だけだと思ってる。
第一発見者になれて、私は本当によかった。
大切な夫が感じた感情と経験した絶望を少しでも、少しでも、自分の中で再生したい。
夫の人生最後の1分ほどの時間を、わたしは何度も頭の中でリプレイしている。
夫が見たであろう情景を思い浮かべて、感じたものを自分の心の中で起こそうとしている。
とても静かな世界の中で、夫はスッと旅立った。
いつも一発ギャグが得意だったわたしは、夫が体調を崩してからもたくさんギャグを見せていた。
アホらしすぎて笑ってくれる夫に、わたしの方が何度も救われた。
夫が命を投げ打とうとした瞬間にも、もしわたしが一発ギャグをやっていたら、突然その場が滑稽になり、クソ真面目にドラマチックになっている自分にも呆れて、きっと座り込んでくれていただろう。
夫の死は、一発ギャグで防げたのではないかと思うのは、不謹慎なのかな。