混乱

夫が亡くなる前だって絶望の中にいたけど、少なくとも夫と私の2人でいた。

絶望していたけど、私は消えそうな希望の灯火みたいなものを何度も自分の中で付け直して、まだ諦めたくないと奮起していた。だから、最後の最後まで、希望は持っていた。希望があるから、あんなに必死になっていたのに。希望があるから、あんなに周りに掛け合っていたのに。私は、私と夫が、まだまだこれから一緒に幸せを掴みにいくと思っていたのに。

夫が亡くなって、私の全ての人生の悩みは消えてしまったけど、それと一緒に夫も消えてしまった。そんな呆気なさに呆然としていたのも束の間、この結果に至るまでの自分の言動を思い返して、病理は2人の間で育まれてしまったことを痛感する。それを全身で受け止めて死んでしまった夫と、夫に全てを寄せることで、生き延びている私。結局、強い人、図太い人、ずるい人、蹴落とす人、そんな人しか生き延びられない。この究極の不公平は、どう是正できるのだろう。

夫はずっと私が変わってしまったと言っていたし、信頼が崩れたと言っていた。でも、亡くなる1ヶ月前は、昔と同じ髪型だと褒めてくれた。そのことが私は嬉しかった。同じ髪型でも、私の人格は昔から変わったままと思ったのだろうか。それとも、私の本質は変わらないと思い直してくれたんだろうか。夫の意見がどっちだったのか、わからない。昔から今まで、私が私であると感じてくれたのか、そっくりさんのように中身は違うと思ったのだろうか。わからない。

昔の私は、今の私よりそんなによかったんだろうか。そんなに今の私は夫に認めてもらえないのだろうか。夫が体調を崩してからも、そして亡くなった後も、夫が昔私にくれた手紙を読んでは、夫の人柄を思い出していた。最近はその手紙を読み返すことも、辛い。夫がこの手紙を書いたときに愛してくれた私という人間は、もう今の私にはあてはまらないんだろうと思うと、ものすごく悲しい。自分にあてはめて慰めることに虚しさを感じる。この手紙は、夫がその時の私に宛てたものであって、今の私には宛てていない。この手紙の後に経験した日々を通じて、夫の中の私像はきっとガラガラと崩れた。

手紙に代わって、2人の写真を見返す時間も多い。幸せな気持ちを思い出して思わず笑ってしまうこともある。気づくと画面を見ながらニヤニヤしている自分に驚く。それで、夫のことを恋しく思って、画面に映る夫の頬に手をあてる。平らな画面でも、そんなことをしたくなってしまう。しばらく幸福感に浸った後で、幸せそうな表情をしている夫がこの後経験する苦難を思って、急にとてつもなく不憫になる。今はもういない、自分とは切り離された男女の幸せな様子を眺めている気持ちになる。この2人に、現在の私がどう関わっていいのか、わからない。部外者のような、関係のない人のような気がしてきて、虚しくなって写真も閉じる。

亡くなった直後は、遺品にしても、写真にしても、荷物の奥から見つけただけで夫を素直に思い出せてよかった。今は一通り見たことのあるものばかりで、それらに紐づいた意味についてどこまでも考えてしまう。夫との思い出を、素直に愛することができない。

単純に夫を恋しく思えれば、最後まで変わらない愛が2人の間にあったと思えれば、どれだけ救われるだろう。私が救われることがこのストーリーの最終目標じゃないはずなのに、自己中の私はそんなことばかり考えてしまう。