優しくて可愛くてかっこよくて大好きな夫と死別しました

事故か自死か。夫が消えた人生をこれから歩みます。なんて自分が書いてることが信じられない35歳です

マッシュ

もうすぐ自分の誕生日なので、今週末は何かしたかった。

それで、2月くらいから、何をしようかと考えだした。

ずっと、美容院が気になっていた。昨年の10月に行ったきりなので、もう半年近い。きれいにしたところで夫に見てもらえないことは悲しいし、夫が見てくれた髪の毛を取っておきたい気もしたけど、もう伸び切って変化しているし、深く考えずにすっきりしようと思って、行ってきた。

10月に美容院に行ったとき、私は切り終えた後に夫に見てもらうことを楽しみにしていた。夫も私も苦しみのど真ん中にいたけど、私が美容院に行くことはきっと喜んでくれると思った。切り終わって夫に駅から電話したら、夫は電話の向こうで私が髪型を気に入ったことをとても喜んでくれた。翌日会った時、漫画の中のツンデレの男の子みたいに少し横を向いて照れ笑いをしながら、「すごいね」と褒めてくれた。

元の夫の褒め方は、もっともっとストレートだ。美容院から私が新しい髪型で出てくると、夫は遠くから大きく手を振った。近づいてから目をまんまるく開いて、360度出来栄えをチェックしてくれる。「横向いて見て」とか「後ろは?」と頼まれて、私は言われた通りくるくると向きを変えた。夫は、「ウ〜ン」と言いながらお宝鑑定団の鑑定師みたいに顎に手を当てて、「いいね」と言う。

一時期、私はショートカットが好きな夫のためにショートばかり続く時期があった。社会人になってからお世話になった美容師さんは、ショートの中でもマッシュが好きなようで、私が「すっきりしたショートで」とお願いしても、出来上がりがいつもマッシュになっていた。マッシュは、名前の通りキノコみたいな髪型で、可愛らしさがある。時々、それがコミカルにキノコ感が高くて、面白く思えることがあった。「切り終わったよー、でもやっぱりマッシュ感あるかも・・・」と報告する私に「今から行く!」と言って夫が駆けつけてくれた。しばらくすると、夫は表参道のあの大通りを上ってきて、私を見つけるなり、「あはははは」と嬉しそうに声を出して笑った。マッシュ頭でなんとも言えない表情の私に近づき、笑いが止まらないまま私の両肩を持って、愛おしそうに抱き寄せた。自分がちょっと間抜けな出立になって、夫に笑われているとき、すべてが滑稽で、楽しかった。もちろん散々夫に笑われた後は、私が少ししょんぼりするので、夫は次の数時間、私にいかに髪型が似合っているか、説き伏せなければいけない。そんな時間も、全部、楽しかった。それでも、機嫌を直して向き合った喫茶店では、夫の目の前にキノコが座っているので、夫はまた「くふん」と笑って、嬉しそうに私を眺めていた。

2019年から、私は新しい美容師さんのところに通うようになった。オーダーをすれば、希望通りに仕上げてもらえるようになった。だから、最後に夫に見てもらった10月も、私は思った通りの可愛い髪型にしてもらった。夫は私を見て、「大学生のときみたい。これまでは、こうはならなかったよね」と褒めてくれた。それは、これまでは、どの髪型をオーダーしても、マッシュだったから。

今の美容師さんの所にはこれからも通おうと思う。でも、夫が亡くなる前に、もう一度マッシュの私で現れてみたかった。そうしたら、夫は笑ってくれたのかな。ちょっとかわいそうになって、抱き寄せてくれたのかな。それだったら、私一生マッシュでもよかったのになと思う。