優しくて可愛くてかっこよくて大好きな夫と死別しました

事故か自死か。夫が消えた人生をこれから歩みます。なんて自分が書いてることが信じられない35歳です

いじわる

また生きたまま年を越してしまった。

新年は恒例のおめでとう挨拶を会社の多方面からもらったけど、今年も一度も口にしないまま乗り切ることができた。これっぽっちもおめでたくないので、心にもないことは言いたくないと頑固な私は誓っている。ただ、初出社の日に上司が清々しい顔で言ってきたときには、自然と「ああ、おめで・・・」まで口を滑らしてしまい、その後わちゃわちゃと相手の発言と被せてお辞儀したりして誤魔化した。

メールの挨拶も我ながらなかなか上手にかわせている。私の決まり文句は「旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いします」だ。これで新年感と相手への御礼は言いつつ、おめでたいとは一言も言わずに済んでいる。もう一生おめでたいなんて言葉は絶対口にしないんだぞ私は。

年末年始の過ごし方も、盛り上がるも盛り下がるもなく、連続7日に亘る閉じられた一人の時間だった。特段美味しいものを買い込むでもなく、ただ一歩も家から出ずに過ごした。来る日も来る日も、何もすることはない。正直毎日をどう過ごしているのか自分でもわからない。自分でわからないなあと思いながら過去2年以上、毎週末を虚無で過ごし、夏休みも虚無で過ごし、年末年始も虚無で過ごした。唯一の日々のミッションは食料品を買うことなんだけど、買い込んでも消費できずに腐らせてしまうことが出てきたので、最近は冷蔵庫がすっからかんになるまで待つようにしている。今週末も食料品は買わないつもりだったんだけど、あると思っていた塩が切れてしまい、しょうがない、今日は塩を買うという正当なミッションを携えて外出した。

塩は結局買ったことのなかった沖縄のシママースというものにしてみた。色々吟味したけど、日常使いだとやっぱりこれくらいがいい。そう、最近はこうやってよくわからないお金の使い方をしている。去年はフルーツを片っ端から食べた。一人でスーパーを物色しては、これまで節約生活で買ってこなかったフルーツをどかどかと買い込んだ。生まれてはじめてシャインマスカットを食べたときは、ほっぺたが落ちるかと思うほど美味しかった。死別して初めて、「夫くんこれ食べずに死んだなんて間違ってるよ!!」と思わず天を仰いでしまった。夫くんは皮付きマスカットが大好きだったから、きっとシャインマスカットもとても気に入るだろう。一緒に宝石のように愛でながら食べてくれたと思う。

最近の私のお気に入りはりんごだ。振り返れば実家で出されるりんごをおいしいと思ったことはなかった。一番の理由はわかっていて、母親が塩水につけるからだ。もうあれだけで私はアウト!そして、少ししなびているのかモソモソした印象があった。そんな私の中で微妙な位置付けのりんごだったけど、この冬は無性にりんごが食べたくなって、自分でスーパーで買ってみた。手に取ったものは大きなりんごが2個も入っていたので、美味しくなかったらどうしようと思ったけど、いざむいて食べてみたら、もんのすごく美味しかった。私が一番好きなフルーツってりんごかも、と思うくらい美味しかった。私は酸味が好きなので、酸味と甘味のバランスが取れた品種は好みにピッタリだった。確か、シナノゴールドというきみどり色の品種だった。かじるととてもみずみずしくて、果汁がほとばしる感じ。シャキシャキの食感。「うわあ、これは美味しいなあ・・・」と感動した。もちろん、一人で。一人で週末の昼過ぎに起きて、パジャマのまま一人で「うわあ・・」と言っている。その後に続く会話とか共感とかがない。なんならカラスがかあ、かあ、と飛んでいるような気分である。

今年は一人暮らしを始めて迎える2回目の春だからか、今日店頭でいちごを見かけた時は気持ちがギュッとなった。いちごも元来高価なフルーツで、夫くんとは滅多に食べなかったけど、昨年は一人で常備するほど頻繁に食べた。4つ切りにして、ヨーグルトに入れて、上からメープルシロップをかけるのがお気に入りだ。でも、今日いちごを見た時は、また食べられる季節がきた喜びよりも、ネガティブな気持ちの方がまさった。夫くんとまた暮らすという夢がまったく前進しないまま、また丸1年が過ぎた自分を感じた。この夢は何にも譲れない夢なのだけど、絶対に叶わない夢でもある。私がどんなに品行方正に生きようと、勤労奉仕の精神を磨こうと、どこかの神に仕えて祈りを捧げまくろうと、死別した人が目の前にぽわっと再び現れてくれるなんて話はない。この悪夢から目を覚ましたら彼が隣にいて、「みんみん大丈夫?うなされてたよ」なんて言ってくれる世界線はない。だからいつまでもこの夢は前進できない。永遠に成就しない夢。

去年は目新しさに癒されたフルーツも、今年は癒してくれるとは限らない。このどうにも進まない八方塞がりの世界で、昨年の私をひとときの逃避行に誘ってくれたものたち。今年はスーパーに並ぶいちごも、意地悪な顔をしてこっちを見ている気分だ。相変わらず、君の世界はなんにも変わらないね、と。