優しくて可愛くてかっこよくて大好きな夫と死別しました

事故か自死か。夫が消えた人生をこれから歩みます。なんて自分が書いてることが信じられない35歳です

本にまつわる話①

英語でbookwormという言葉があって、日本でも無類の本好きを「本の虫」と言う。この言葉がすごく可愛くて、確かに夫も虫みたいに可愛かったなと思う。

夫はとても本が好き。本を読んでいるとき、すっごく幸せそうな顔をしていた。ソファにあぐらをかいて読んでいることが多かった。長いまつ毛を伏せて、優しい笑みを浮かべて、まるで夢見心地のような表情で、本を読んでいた。何時間でも、静かに黙々と読んでいる姿は、きっと小学生の時から変わっていないんだろうなあと思った。私はその夫の姿がまるごと愛おしくて、もういつまででもそこでそうやって本を読んでいて欲しいといつも思った。この気持ちは、なんなんだろう?愛とはちょっと違うね。恋?ちょっと違う。フェチ?夫じゃなければ別に。萌え?うん、萌えだな!自分とはかけ離れた、物静かな陽だまりみたいな夫の読書する姿が、すっごく好きだった。

一方の私は、本がとても苦手。多分、私の中のなにかが、どうにか変われば、すごく本が好きになると思うんだけど、いまだそれが何かわからない。気が合いそうで合わない人、合いたいのに合わずに噛み合わない人、みたいな感じ。きっとどっかのタイミングでものすごい勢いで読書家になったりするんじゃないか。きっとそれも、長い間じゃなくて、飽きっぽい私は短期間だと思うけど。

こんな私なので、夫が私に本の話をしようと試みたことはあまりないと思う。ただ、私が中1くらいのときにサリンジャーの「ライ麦畑で捕まえて」を読んで、それが衝撃的ですごく好きな本だと初回くらいのデートで伝えたら、夫はその話が気に入ったらしく、話が弾んだ記憶がある。当時、夫は超のつく外国かぶれで、好みのタイプは「ハリウッド女優」と言っていた。そのハリウッド女優好きの夫が、一番好きな女優がウィノナ・ライダーという方で、その女優も「ライ麦畑で捕まえて」が好きらしかった。まあ、名著なので1割くらいの確率で支持される本だと思うのだけど、夫の中ではその時、目の前の平凡な大学生の私にハリウッド女優が重なって見えたに違いない。

事実、夫は私の服装や写真映りを褒めるときにも、本気なのかジョークなのかわからない顔で「みんみんさん、ハリウッド女優のようですね」と言ってくれた。言われている私が、自分にハリウッド女優の要素が1ミリもないことはわかっているのだけど、夫の独特な褒め言葉に悪い気はしなかった。ちなみに、これは付き合い始めて初期の1年くらいで、まだ夫が甘えんぼうの姿を見せる前の、ちょっと退廃的でニヒルな文学青年だった頃の話。

交際から三年ほど経った頃には、夫の褒め方も一切の角が取れて、100%素直なものになっていた。喫茶店などで私と向き合って座りながら、「みんみん可愛いなあ、本当に可愛い」とニコニコと言ってくれる。「えぇ・・・そうかな〜、てへへ」とまんざらでもない私。「みんみんを見たら、誰だって可愛いと思ってるだろうなあ」とまで言ってくれる。ある時夫は、更に最高に私を褒めようとして、いつものやりとりに続けて、「みんみんがキロロみたいな2人組にいたら、きっと「可愛い方の子」って言われるよねえ!」と目をキラキラさせて言った。「えっ・・・キ、キロロ?」

私の中で、これは夫の褒め言葉シリーズの中でも大好きなフレーズだ。これを言ってくれた夫くんが可愛すぎて、飛びついてハグしたくなった。「だから私は夫くんが好きっ!!」と思った。きっと夫の中で、ハリウッド女優でもキロロでも、実は例えはなんでも良くて、とにかくいろんな表現で、私を持ち上げてくれたんだ。夫には私がピカソキュービズムのように見えていたのではと思うほど、褒め言葉に一貫性はないし、恐らく第三者からの信憑性も、まるでない。でも、あんなに正面きって褒めてくれる人もなかなかいないので、私は自分がまるで宝石にでもなったような気分になって、そんな魔法をかけてくれた夫は、やっぱり特別かつ特異な人だったなと思う。