フィクション（意地悪な夫編）

「僕が死んだら、妻はそれは悲しむでしょうね。

妻の目下の関心は、僕の体調だと思います。

こちらの心が痛むくらい、けっこう心配してくれていますよ。

あんな悲壮感ある彼女は見たことないです。まあ、僕の方が悲壮感はあるんでしょうけど。

もちろん、僕のことが心配というのもありますけど、きっと妻は僕が回復しなかった時の2人の将来を心配していると思います。キャリアとか、家庭とか、自分の人生のゴールを、妻はまだ野心的に掲げたままだと思います。まあ、昔の彼女なら、もっと僕のことだけを考えられたかもしれませんが、今は世間体とか、社会的地位とか、くっついてしまった余計なものがありますからね。僕もそれを批判するつもりはありませんけど、寂しさを感じるのも事実です。でも、ああいう人なので、しょうがないです。

妻にとっての僕は、なんでしょうね。優しいところは、いつも褒めてくれましたけど。僕の夢も応援してくれてました。そういうところは、よく理解してくれる稀有な人だと思います。でも、関係がうまくいかなくなってからは、色々ひどいことも言われています。言われて当然のことばかりですけどね。僕は、妻と衝突なんて、絶対したくなかったんです。彼女は口がちょっと悪いんです。自分が正しいと思うと、譲る気配はないですね。だから、僕が妻の意に沿わない存在になった時、妻はきっと、面白くなかったでしょう。妻の方が、お姉さんですからね。年上の女性なんです。

僕が死んだら妻はどうなるか、まあ僕が死ぬことは想像できてないですけど、妻の様子だけ、予言してみましょうか。最初はとても悲しむでしょうね。これでもかってくらい、悔やむと思います。僕が死ぬ原因が、少しなりとも僕のせいだったとしても、妻は誰にも僕のせいだと言わせないと思います。そういうところは、見た目から想像できないほど、頑固なんです。その悲しみから、僕の後追いをする妻は、ちょっと想像できません。生命力の塊のような人なので。生命力の塊の人が絶望した時って、一体、何するんでしょうね。妻はけっこう現実主義なので、お供えとか、話しかけとか、あんまりしないと思います。でも、とことん考えるのではないですかね。それで、きっと彼女なりの生きる意味を考えだすのではないですかね。

僕がいなくとも、妻は生きていくと思います。でも、それって僕が大切じゃないってことじゃないんです。妻にとって僕が大切な存在であることは、間違いないですから。」