優しくて可愛くてかっこよくて大好きな夫と死別しました

事故か自死か。夫が消えた人生をこれから歩みます。なんて自分が書いてることが信じられない35歳です

夫しかいないのに、夫がいない

夫との何を思い出しても、悲しい。

闘病期間中に、夫と自分の間で何があったか、互いに何をして欲しかったか、どんなことに感謝して、どんなことに苦しんだか、それは夫と私しか、わからない。夫に謝りたいことばかりが、次から次へと、どんどん出てくる。自責というだけでなくて、そのことについて夫と話したい、怒ってもらいたい、ひどいと叱責してほしい、悲しいと泣いてほしい、感情をぶつけてほしい。その上で、許されるならば、大好きな夫と和解したい。そんなことが叶う相手は、夫しかいないのに、夫がいない。夫しかいないのに、夫がいない。夫しかいないのに、夫がいない。

私が謝ること自体、自分の気持ちを楽にする行為。寡黙な夫に畳み掛けるように、独善的に自分の考えばかり伝える行為。だから夫は、もう聞いてくれないのかな。そんな言葉を聞くことに、疲れてしまったのかな。

夫は、何度も何度も訴えていた。なんでわかってくれないのか、病気と言わないで欲しい、みんみんは昔と全然ちがう、どうして信じてくれないのか。あんな悲痛な叫びを聞きながら、私はなぜ剥いた牙を落とさずに、衝突を続けてしまったのだろうか。なぜ、怒りのあとに悲しみに沈んだ夫に、とどめの言葉を吐き捨てていたのだろうか。

弱いのに開き直っている、逃げるしか能がない、クズ、現実に向き合え、嫌悪感しか湧かない、私を不幸にするな。

全部夫に言ったことがある言葉。これだけ、私が放った言葉は、ひどい。こんなひどい言葉、思いつかない人が世の中にはほとんどだと思う。大好きだ、大切だ、唯一無二だと言いながら、私は夫にこんな言葉を吐いた。言っていいことと、悪いことがある、という分別の線が消えてしまっていた。何を言っても響かない、伝わらない、逃げることを繰り返す夫とずっと思っていた。「どうでもいい」「時間の無駄」「時間返せ」と言う夫を、羽交い締めにして取り押さえたいような気持ちに駆られながらも隣にいる日々だった。でも、夫がそもそも体調を崩したのは、自分を許せなかったからだ。許せないのは、逃げない性格だからだ。夫は、逃げてなんかいない。誰よりも向き合って、ああいう症状が出たのだ。夫の誠実で、実直で、真面目な素晴らしい性格が、彼を苦しめてしまったんだ。それなのに、問題に向き合ってくれと懇願していた私の愚かさ。彼は、向き合いすぎてあの状態になったのに。

この言葉を吐くまでに、自分がどんなことにどれほど耐えて、耐えて、なお耐えていたかは、自分でもわかる。夫への怒りは、正直それほど大きいものではない。夫自身が急所と思っている場所を突くことで、自分を取り戻してほしいと思っていた面が大いにある。でも、そんなことを体調を崩した人にするのは、悪魔でしかない。そんな精神状態に私がなるまでに、私を苦しめたものもたくさんある。ゴシップと問題提起が好きな近隣住民や、いつまでも駆けつけない親族、手が付けられないと縁を切られた医療者。あらゆる人に対して感じる激しい憤りを、私は、夫に向けてしまった。それは、夫も同じなのかもしれない。結局、2人にとって、お互いしかいなかったから。お互いは、お互いに一生懸命だったのに。衝突は嫌だ、争いは嫌だ、喧嘩は嫌だと、衝突のたびに2人で確認しあったのに。

夫に伝えたいことは、色々あるけども、何よりも今したいことは、夫の考えを聞くことだ。結局、私にできなかったことは、傾聴なのだと、つくづく思う。それは、自分がこれほどの苦しみに放り込まれて、初めてわかった。私を癒す魔法の言葉が突然飛んでくるはずはなくて、全ては私が私を癒す過程で、そこに聞いてくれる人がいることに意味があるのだと思う。

夫くんと泣きながらハグをして、お互いの頭を撫であって、2人でよく頑張ったよね、本当にごめんね、でも大好きだからね、何も変わらない2人だよね、と確認したいのに、その相手が、もういない。