優しくて可愛くてかっこよくて大好きな夫と死別しました

事故か自死か。夫が消えた人生をこれから歩みます。なんて自分が書いてることが信じられない35歳です

月命日 当日を振り返る

はじめての月命日。

いよいよその日が来てしまった。

夫に会えなくなって、もう1か月も経つのか。そんなに経った気もしないけど、一方で夫が普通に生きてる世界は、もうとうの昔に離れてしまった気がする。夫が生きる世界が、眩し過ぎて、幸せ過ぎて、逆に想像できない。

1か月前の今日、この時間、私はこれから夫に会いに行く支度をしてた。夫だって、まだまだ生きるつもりで朝の時間を過ごしていた。この時間は、きっと朝の長い散歩を終えて、コーヒーでも飲み終えたところだったろう。

この後の私たちの行動さえなければ、亡くなる引き金もなかった。夫は今も生きていた。生きるはずだった人を、唐突に終わらせてしまう原因を作ったのは、私たちだった。

夫はとても怖がりだ。わたしより怖いものは苦手かもしれない。その夫があんな恐怖に突き進むエネルギーを得てしまった。そのギャップが、可哀想で、可哀想で、可哀想で、あの心優しい夫が、あんな経験をしたなんて。可哀想という気持ちを夫に持つのはあまり夫のためにならないといつも思うけど、口を開けば、可哀想なことをした、そんな言葉が自然とでてしまう。何度も思ってしまう。

今朝起きたとき、夫と私が砂漠でラクダに乗った情景が浮かんだ。夢ではなく、ただ寝起きにパッと思い浮かんだもの。夫は晴れ晴れとした笑顔でラクダに乗っている。私も自信と生きがいに満ちた顔をしている。ああ、こんな旅行も、連れて行ってあげたかったな。そう思った。