優しくて可愛くてかっこよくて大好きな夫と死別しました

事故か自死か。夫が消えた人生をこれから歩みます。なんて自分が書いてることが信じられない35歳です

脱皮

オザケンを聴けば聴くほど、夫の感性が彼にたくさんの影響を受けていたことや、理想の人として追いかけてたことがわかって、遺書もない夫だけど、歌詞の中に新しい発見がたくさんあって嬉しい。PVも、見れば見るほど、夫に見える。長い手足と、痩せた体型、決して染めることのないサラサラの黒髪。時々女の子のように見える表情。のびのびした歩き方。踊る姿のぎこちなさ。少し上品なフレンチファッションやクラシカルな服装がよく似合って、逆にヒップホップ系ファッションは違和感がでる。

私がまだ夫について知らないことって、あったんだな。

例えば、都会が大好きで、ビル街の中をいつも散歩していたこと。海の近くが好きで、いつもお台場や晴海埠頭に行きたがった。オザケンの曲で、頻繁に出てくる「摩天楼」とか「東京タワー」、「晴海埠頭」は地名そのままでてきた。

例えば、海外と行き来の多かった私をよく空港まで来て見送ってくれたこと。オザケンの曲でも、空港がでてきたり、恋の相手が海外に旅立つ歌がある。

例えば、誕生日や交際記念、クリスマス、年賀状などのイベントに必ず素敵な手紙やカードを書いてくれたこと。たくさん推敲してくれたであろう文章で、文と文の間から思いがじんわり伝わってくるような、何度読んでも素敵な手紙たち。言葉を振りかざす文章じゃなくて、もらった側が自分の意志で噛みしめたくなる文章。オザケンの曲でも、主人公は恋人に宛てて手紙を書いていた。

例えば、アメリカやアメリカ文学への思い入れがものすごく強くて、それが葛藤にもなっていったこと。オザケンの曲で、「ある光」のPVに出てくるJFK空港、そしてその時のオザケンの表情が、夫の表情そっくりだった。優しい人が苦しむときの表情。

例えば、思ったことを言葉にするのが時に苦手で、人の目とかも気にしちゃって、一見、真面目で、大人しく、気難しい人と思われる。でも、本当は明るくて、楽しくて、可愛くて、おちゃらけてて、争い事が死ぬほど嫌いで、どこまでも純真な少年。オザケンの曲は、そんな夫本来の「陽」の部分を、音楽で、歌詞で、表情で、必死に伝えてくれる。そのことに、とても慰められるし、改めて夫を好きになった。

一つ違いがあるとすれば、オザケンはその後、スポットライトから離れた時間を経て、少年期に一度区切りをつけているように見えること。結婚をして、父親になったということ。でも、それは彼が40半ばの頃のこと。私は、夫に子供が欲しいと伝えていて、出産のタイムリミットと自身の焦りを伝えていた。夫は、「仕事と子供が悩み」と言っていたのに、そのリミットを延ばす手立てをしっかり考えてあげられなかった。ましてや、放棄することを提案もしなかった。

最新曲で、実のお子さんと一緒にPVに出るオザケンを見て、思う。夫だって、こういう日がきたかもしれないのに。オザケンの表情は、まだどこかぎこちない。子供への接し方を、今も試行錯誤してるんじゃないのかな。そのぎこちなさも、お兄さんのような風貌も、どこか夫とシンクロする。きっと、永遠におじさんにならないんだと思う。

夫にもっともっと、時間的余裕を準備してあげられればよかった。それをどう準備すればよかったか、私にはわからないのだけど。夫もわたしも、純粋であること、誠実であること、まっすぐであること、これをお互いの魅力だと思っていた。だからこそ、若さというものに自分たちの価値をつなげてしまっていた。大人になりたくなかったんだと思う。

でも、昨日まで大人にならないはずだった私が、気づいたら大人になってたのかな。それで、夫は果てしなく困ったのかもしれない。夫もまた、自分が日に日に若さを失い、30代という大人の年齢に入ったことに恐怖感を覚えたのだろう。それまで頼っていた私に弱さを見せることを躊躇し、我が強くなり、甘える子供のような笑顔も封印されていった。きっと、夫はどう大人になればいいのか、わからなかったんだと思う。

こういう話を、夫ともっとできればよかったな。夫のように苦しむ人は、世の中にたくさんいるし、私だって割り切れているわけではないから、共有できることや、慰め合うことすらできたはずなのに。

夫に昔、私の好きなところを聞いたら、そのいくつかの中に、「嬉しいときに喜ぶところ」「こどもっぽいところ」って言うのがあったな。そういう私を好いてくれていたんだね。私も、こどものようにまっすぐなあなたが好きだった。お互い、脱皮なんて、しなくてよかったのにね。もっと足並みを揃えて、一歩一歩進めればよかったね。

そう言えばあの時、好きなところを全部は教えてくれなかった。他は言わない、みたいに言われた気がする。私は全部伝えたのに、なんで!知りたい!なんて思ってお願いしたけど、秘密だった。夫は私の何を好いてくれたのかな?

追伸

そういえば、もう一つあった。

夫とニューヨーク旅行に行ったとき、宿をairbnbで探した。部屋の説明で何度も出てきた単語"eclectic"。初めて聞く単語で、でも素敵な部屋紹介は、必ずその形容詞を入れている。夫に何て意味か知ってる?って聞いたら「折衷主義」と答えた。「夫くん、すごいね、こんな聞いたこともない単語知ってんの?」って私は驚いて、しかも、ドツボみたいなものにハマって、この意味を覚えられず、airbnbで部屋を探す間中、再三夫に聞いたのだった。「えーと、夫くん、eclecticってなんて意味だっけ?」「・・・折衷主義」。だから、その辞書から引いてきただけの異様な日本語をいう夫の姿も覚えてしまった。「折衷主義」、なんとも日本語で聞いたことのない言葉。今考えれば、「多文化」、みたいな感覚なのだろうか。

数日前、オザケンの2002年のアルバムに"eclectic"というのがあるのを知った。ははーん、そういうことか、とやっと気付いた。夫は、なーんにもそんなこと教えてくれなかったぞ。あの時、夫の脳裏には2つのことがよぎっただろう。「eclecticの意味知ってて、ちょっと鼻高々〜。オザケンのアルバムで知った、なんてことはみんみんには隠しちゃおっと」「それにしても、オザケンもカブれてんなー、っていうか、ニューヨーカーの頻出英語をタイトルにしちゃうなんて、あのオザケンもまだまだだなー」うん、きっとこんな考えがよぎったと思うな。夫くん、1人で謎解きしちゃって、ごめんよ!!