生々しい記憶を生々しく感じたい
人によって、忙しくして気持ちが紛れる人もいるのかもしれない。
仕事があってよかった、苦しいことを考えない時間ができたという人もいる。
私もきっとその恩恵には与ってるんだけど、私の場合、仕事は本当はしたくない。
もともと頑張り屋だから、仕事が舞い込んでくるとけっこう頭が切り替わってしまう。もう仕事なんて全然どうでもいいと思ってるのに、サービス精神なのか負けず嫌いなのか強がりなのか自尊心なのか、とにかくなんだかんだいいとこ狙って仕事をしてしまう。
でも、本当はこれがいやだ。本当は朝から晩まで夫について考えていたい。今のわたしにとって、気分転換なんてコーヒー飲んだり食事たべたりくらいで良くて、それ以外の時間は夫の思考と心理をできる限りの力で想像して、その中にグーッと自分を沈めたい。たとえそれが正しくなかったとしても、今しかできないことだと思うから。
人は薄情なんかじゃなくて、どうでもいいわけでもないはずなのに、記憶がどんどん薄れてしまう生き物だから。今日より明日の方が記憶が蘇ることなんて、まずない。今も日に日にポロポロと、夫の記憶が薄れて行ってしまっている。それは単純な表情とか声みたいな写真や動画で確認できるものじゃなくて、生身の夫の体から私の視覚や鼓膜に響かされるもの。その肌感覚みたいな、実感する生みたいなものが、薄れていってしまう。
それと同時に、夫が苦しんでいた日々が、やけに抽象的になって、総体的になって、具体的な生々しい苦しみの感覚も薄れていってしまう。これが本当に悔しくて、悔しくて、まだまだ離したくないと思って、まるで自分が今認知症に侵されて記憶を書き残したいかのように、こうして頭に浮かんだことを必死に画面に打ち込んでいる。
まだ夫を成仏させたくない感じ?!夫は線香の香りが嫌いって言ってたな。私は親戚やおばあちゃんの生家を思い出して、すごくほっこりするんだけど、夫はきっと家族や親戚の記憶が苦しかったから。
我が家は西洋かぶれだから、アロマ焚いてるから、大丈夫だよ。成仏なりキリスト化なりは勝手にやってくれ。守護神みたいに私の背中にぴったりくっついててくれてもいいよ。私も寝返り打って、あなたに抱きつきたいな。一緒に眠りたい。